プロフィール

こんにちは、プロフィール訪問してくださりありがとうございます。自分がどんな人間なのか時系列に沿って書いておきます。

1995年生まれの22歳。現在はベルリン工科大学と自由大学にてメディアとコンピュータサイエンスとメディアコミュニケーショ専攻の学生をしています。

できることは、ポートフォリオ撮影及び現像・Processingを使ったビジュアルプログラミングとかです。

仕事用のポートフォリオサイトは現在作成中です。

0-10歳

愛知県名古屋市で生まれ育ちました。幼稚園の頃から危ないと言われているのに、登り棒で一番上までいってしまったり、鉄棒でくるくるしていたり、とにかく体を動かすことが大好きでした。名古屋市の小学校は4年生から部活が始まるのですが、夏休みなんかは朝7時ラジオ体操からの8:00-12:00野球部の練習13:00-15:00陸上部の練習、そのあと友達と市民プールで18時まで遊んでるような元気すぎる子でした。そのおかげで肌の色が今でも平均より黒いです。

11-15歳

父親の仕事の関係で小学校5年生終わりから中学校卒業まで神奈川県横浜市で過ごしています。比較的新しく開発された街で、なんというか、育ちが良い子が周りにたくさんいたので、同じ日本でもこれでも違うのか!と幼いながら衝撃を受けた記憶が今でもあります。

小学校6年生の時クラスの半分くらいが中学受験をするような公立小学校だったので、自分も中学受験を考えましたが、やめて普通に公立中学に進学。中学卒業後に父親の仕事の都合でまた名古屋に戻ることになりました。高校受験が愛知県になったことで絶望したこともあるくらい横浜というかその時の友達や環境が好きでした。なぜか先生たちに好かれるキャラだったので中学の成績は常に良かったため、国立の豊田高専を推薦入試で合格し、翌年入学します。なんだかんだで根は真面目だと、深ーく話した人からは言われます。

詳しい経緯はこちらから

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15-17歳

名古屋に家族で引っ越したのちに、豊田高専の学生寮に入寮しました。横浜と愛知のノリの違いについてけず、そして今まで優等生ぶってた反動もあって、徐々に日本社会不適合者への道を歩み始めます。始めに自分がとった行動は、あえて悪っぽく見えせるってことでした。今となってはかっこ悪いなあと思うのですが当時の自分はかっこいいとか思っていた部分があります。笑 この時ぐらいから、身にまとう雰囲気にもどことなくチンピラ感がでてきます。

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17-18歳

高専を受験すると決めてからずっと目標だった1年の高校留学行いました。行き先はスイス。英語は勉強していたので少し話せましたが、スイスで使われているのはドイツ語で日本にいた時、ドイツ語の勉強の仕方が全然わからず、放置していたので、スイスについた時は本当に何も理解できませんでした。

しかし、周りの人に本当に恵まれ、1年間語学面のみならず本当にいろんなものを見て、そしてすごく考えた時間を過ごしました。今でもスイスの友達・家族とは関わりがちゃんとあります。この経験がなければまずドイツの大学に通うという選択肢はなかったと思います。

18-19歳

スイスに帰ってきてからすぐにHLABというハーバード大を卒業した日本人学生が立ち上げたサマースクールに参加しました。スイス留学後は超絶意識高い系だったので、ハーバードとかケンブリッジとかプリンストンとかそれはもう海外大ランキング常連の大学に通う大学生と話せて、みんな魅力的でやべえ俺もアメリカ行きたいってなりました。すごく単純。笑

その一方、平凡な学校生活もあるわけです。居心地が悪くてやめてえって思っていましたが、ここでもやれることはあると切り替えて、いろんなことに手を出しました。いわゆる本当に意識高い系(笑)です。この当時は、日本の大学に編入して院で海外に行こうとか考えていました。

20-21歳

ふと突然、原因不明のめまいによりぶっ倒れました。意識高い系だった僕はバイトもして、休みにやることのプランを立てて、毎日3時間とかの睡眠時間で本を読んだり、勉強したり無駄に頑張ってましたね。原因は今でもわかってないのですが、おそらくこのような生活習慣によるストレスだったと思います。健康って大事よねって思い知ります。そして頑張ってもそれが結果として出るわけではないよね。ってことも。

翌年はさっき書いたHLABに大学生側として運営に関わります。この年はいろんな所に行きました。父親がブラジルで働いていた関係もあり、南米に行ったり、もう一度ヨーロッパに行ったり。年に30回くらい飛行機乗ったので、飛行機に乗るっていうワクワク感が消え去ります。今ではフライトが苦でしかないです。笑

多くないアルバイトの貯金でどこ行こうかをずっと考えていたので、安く旅行する方法をはじめ海外情報を大量に調べてました。そしてこの時から学部から海外の大学行きたい!となりそこで候補に上がってきたのがドイツです。

色々調べているうちにドイツの大学いける可能性全然あるって判断したので、高専卒業後の進路としてドイツの大学を選択、時期的にドイツの大学出願は高専卒業後だったので周りからはこいつ大丈夫か?って思われていた一方、こいつは海外に行くだろうなと思っていた。と言ってくれる人もたくさんいました。2017年3月に高専を卒業し、渡独します。

22歳

ドイツに来てからは順調そのものでした。B2・DSHと特に苦労することもなく合格して、第一希望であったベルリンの大学を含め出願した全ての大学から合格通知をもらえました。ライプツィヒもものすごく住みやすい場所で、WGに住んでいたのですが、それはもう住みやすかったです。

でも大学が始まるからベルリンに移ってから状況は一転、家も見つからないし、大学はドイツ語全然わからないし、そもそもシステムから良く分からないし。1週間ホームレスになるし、と結構辛い目にあって、「海外に長く住む」ってのはこうことなんだなあと実感させられました。まじで高校留学なんか激甘。でもなんだかんだで1セメスター目は乗り越えて今に至ります。

最後にお願いというか、、何というか厚かましいですがお願い。笑

ドイツという非常に学生にとってはありがたい国で勉強させてもらっていますが、収入が少ないのも事実です。
どうかそんな学生を支援してくれる方はこちらにほしい物リストを掲載しておきますので、ほんの気持ちいただけたら嬉しいです。

お返しとなるかわかりませんが、お土産やプロフィール写真撮影などオプションつけさせてもらいます。

ドイツのAmazon

日本のAmazon

それではこちらのブログが参考になったり、楽しんでいただけたら幸いです!

 

 

 

 

 

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